くだらないことを真剣に!

「本日いらしているお母さんお父さん方は、なんでお子さんがTVゲームに『ハマる』のか、全くわからない方がほとんどだと思います。今日はその辺りについて、TVゲームを作っている側のワタシが、その仕組みについて解説させていただこうかと思っています。なにせ、子供をゲームにハマらせようと、あれこれ知恵を絞っている悪人(笑)というか張本人なワケですから、これ以上に的を射た話はないと思いますよ。それではご静聴よろしくお願い致します。

「まずお話を始める前に、ちょっと皆さんに質問をさせていただきたいと思います。よーく思い出してから答えてくださいね。――昨日、お子さんを『褒めた』という方、いらっしゃいましたら挙手願えますか?それじゃあ、もうちょっと範囲を広げて、今週、お子さんを『褒めた』という方?

「どうやら、あまり多くはないようですね。いや、なんでそんな質問をさせていただいたのかというと、実はここに、子供がゲームにハマる本質があるんですよ。最初っから手の内バラしちゃってますけど(笑)。

「実はTVゲームというのは、遊んでいる人間を『褒める装置』なんです。問題を出して、成功したら褒める。失敗したらペナルティを与える。我々はこれを『ゲーム性』と呼んでいますが、これがまさに、TVゲームという装置の本質なんです。

「誰だって、褒められれば嬉しいですよね? ところが実生活では、褒められる体験というのはあまりにも少ない。お母さん方、お子さんを叱ってばかりいませんか? 『またイタズラばかりして!』とか、『悪い点ばかり取ってきて!』とか。叱る方ばかりが多くなって、褒める方というのはついつい疎かになりがちです。

「でも、ゲームを作っている我々は、なるべく『褒めよう褒めよう』と思いながらゲームを作っているんですよ。毎日褒めたい。毎回褒めたい。出来れば『10秒に1回』、いや『60分の1秒に1回は褒めたい』、そう思いながら、プログラムを作っているんです。さすがに親御さんでも、60分の1秒に1回褒めるのは難しいでしょう(笑)。疲れちゃいますもんね。でもゲームというのはコンピュータですから、疲れずに褒め続けられるんです。

「とは云っても、褒められるだけじゃ飽きちゃいますよね。人間というのは刺激に慣れる習性がありますから、褒められ続けると『またかよ』とウンザリしちゃう。そこで我々は、出来る限り色々な行動に対して褒めようと、手を変え品を変え、色々なバリエーションを用意しているワケです。

「例えばさっき、『またイタズラばかりして!』と云いましたけれど、我々は、同じイタズラでも、創意工夫のある『褒められるべきイタズラ』というものがあると考えてます。大人からしたら、どう見てもイタズラはイタズラで、叱るしかないんですが…というかワタシだって叱りますけど(笑)、でもゲームの中では、創意工夫に対して褒めてあげる。これは、実生活ではあまりないコトですし、だからこそ、子供が惹き付けられるんですね。

「そしてもう一つ、ちゃんと叱ってあげる、というのも重要です。『ちゃんと叱る』というのは、実はすごく難しいコトなんです。子供がハマるよく出来たゲームというものは、ちゃんと叱るのが上手いゲームなんです。ここでは『叱る』と云ってますけど、要は『ペナルティを与える』というコトですか。『なんで失敗したかを理解させながらペナルティを与える』これはとても難しいコトなんですけれど、それが出来れば逆に『褒める』コトも活きてくるワケです。『褒める』と『叱る』とがペアになると、ものすごい威力を発揮しますね。

「ここで注意していただきたいのは、あくまでも『褒める』のがメインだというコトです。よく出来ていないダメなゲームのコトを『クソゲー』なんて云いますが、クソゲーの大部分は、叱るのが下手だったり、褒めてくれなくて叱ってばかりのゲームだったりします。あるいは、絶対に達成出来ないような目標を与えて、全く褒めてくれないゲームなんかもそうですね。子供はクソゲーに見向きもしませんから、やっぱり『褒める』のが重要だというコトです。

「クソゲーと云えば…たくさん褒めてくれるゲームであっても、クソゲーと呼ばれて、子供が見向きもしないモノがあります。それは『ルールがはっきりしない』モノです。褒められたんだけど、なんで褒められたのかわからない、とか、さっきは褒められたのに、今度は褒められなかった、という類のモノですね。子供は不公平に扱われるコトに対しては敏感ですから、こうしたモノは好みません。最近では少なくなってきましたが、昔はこうしたクソゲーがたくさんありました。

「お母さんお父さん方、その日の気分によって叱り方や褒め方を変えてはいませんか? それではまるでクソゲーと一緒で、叱っているコトにも褒めているコトにもなりません。むしろ、子供を混乱させるだけです。そうした態度を取れば取るほど、子供は、良く出来たゲーム、つまり『ちゃんと褒めて、ちゃんと叱ってくれるゲーム』に向かうコトになるでしょう。

「それでは、今日はこの辺にしておきましょう。なんだか、どこかで聞いたような教育論っぽくなってきましたけれど、これは、子供向けゲームを作っているワタシの実感として、同じ結論に達しているというコトです。

「次回は、親御さんが『子供とゲーム』に対してどのような態度を取るべきか、ゲーム制作者としてのワタシの考えを述べさせていただきたいと思います。本日はご静聴ありがとうございました」

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ほんとに分かりやすい。

俺はサザエさんフリークだ。

日本総国民がサザエさんを見ていると思うが、中でも息の長いファンだと言いたい。
よく、サザエさんを見ないと月曜が始まらないとか言うが
俺としては、四六時中「サザエさん」を録り込んだテープを回してるわけで
いつが月曜だか日曜だか、週感覚がなくなってきている。
うちの旧式のVHSビデオデッキの録画スケジュールから
「サザエさん」が消えたことはない。


さて、「サザエさん」は主に2人の脚本家が執筆している。
雪室俊一と城山昇だ。
1話ごと、この2人のどちらが担当する回かを把握しておくことで
より楽しむことができる。

意識して見ているとだ、よりぬきサザエさんから引っ張ったようなエピソードでも
明らかに傾向が見えてくる。

雪室俊一。68歳の大ベテランで、時折あれ?と思うような昭和の古臭さを醸し出す。
このセンセの回はとりわけ子どもをネタ振りに使うことが特徴的だ。

特にタラオ。
タラちゃんが、妙にませた物言いでとんちんかんな事を言い始めたら
大抵、雪室作品だ。(2択なんだが)

よくあるパターンは、大人の会話を盗み聞きして、
タラ流なルールで使い始めるというもの。
「おじいちゃん、○○は△△なんですぅ」とか自信たっぷりに言うと、
マスオ辺りが真に受けて、ますますタラオが増長し、
今日も磯野家はてんやわんや、、というパターン。
幼いタラオをダシにした、微笑ましい大人目線のエピソード。

こういった回が俺は大好きなんだが、その楽しみ方はちょっとヒネている。
雪室先生の豪腕は、大抵が超強引なオチ(もしくはオチなし)で締めくくられるからだ。
ドリフだと、セットがどがちゃかに壊れてそのまま次セットと入れ替わるような感じ。

始まったらまずタイトルを確認。
(実際は前の週の予告の時点で、「タラちゃん 小説家になりたい」とか
怪しげなタイトルを見た時点で一週間胸がワクワクしっ放しなんだが)
で、子どもが絡みそうなタイトル且つ、次に脚本家に雪室俊一の名前を見たら
その回は“当たり”だ。超強引なラストが待ちうけていることが確定。
後は、誰が、どう強引にオトスのかを予想しつつ、そのオチのパターンを脳内で
1話10分の間に『よりぬきサザエさん』の膨大なエピソードの中から探していく。

アニメ「サザエさん」は、大抵1話の最後に、
その回の流れに かするくらいのエピローグエピソードが入っている。
これ、必ず長谷川町子の4コマ漫画のオチから引っ張っているんだが、
どれが使われるかなかなか当たらない。
うちにある68巻ぶんの『よりぬきサザエさん』と、
俺の見続けている20年以上の放送傾向の中から探るわけだが
こいつが相当に難しい。過去問だけじゃ試験は突破できないということか。


特に、最近、雪室俊一脚本には新しい傾向が入って来ている。
そいつが、カツオと花沢さんのエピソードだ。

10年、20年前にはなかった、この少年少女が二人きりで行動するような回が
ここ数年の間、頻出している。
進学塾なら講師が花丸つけるくらいの、要注意ポイントだ。

昔、花沢さんがイイ女だ、という話をここで書いた記憶があるが、
最近の花沢さんは、着々とカツオとの二人っきりの時間を持ち、
要所要所でカツオをサポートし 磯野家にも頻繁にあがりこむようになってきた。
花沢不動産にて、親のいない間に二人で密談する回なんてざらだ。
もしクラスメートに見られたら噂になっても仕方ない状況だし、
このカップル誕生のお陰で中島やカオリちゃんの登場回数が激減している。

こいつは、雪室の陰謀だ。雪室俊一はカツオと花沢さんをくっつけたがっている。

そういった目線で見ていると、実に花沢さんのアプローチが的確で、
カツオもまんざらではないという形が出来上がっているか分かってくる。

そんな、脚本家に ひいきにしているキャラクターがいると“思い込んで”見るのも
楽しみ方の一つだ。
そして、ひいきキャラにもブームがあることも覚えておくといい。
実際、今はタラオ>イクラ、だし
(昔昔はイクラが最強だった時代が確かにあった。政権交代したようだ)、
フネとノリスケはジョーカー的な存在である。
ここ最近、ノリスケがぎゃふんと言わされる回にはまず出会った事がないし、
フネは常にスーパーウーマンだ。

俺の中ではフネ最強伝説がある。
フネは波平を手の平の上で転がし、波平のちょこざいな隠し事なんぞ
フネは全て把握している。
そう“思い込んで”見ると、フネの言動の端々に
ギラッと光るものが隠されているのが見えてくる。おーこわ。

そして、サブキャラ・子どもへの思い入れが強いのか、
よく主役であるサザエが置いてきぼりにされる。
続けて意識して見ないと分からないかもしれないが、
今サザエはお飾りの存在だと思う。


どうも、雪室俊一は、古典的な話作りが芯にあるのか、
起承転結、序・破・急の構成が強く分かりやすい。
原作通り、実に4コマ的で、出だしから先読みできる。

雪室俊一脚本のサザエさんはもう、
予想ゲーム、推理ゲームの感覚で割り切って見た方が、断然面白い。
子ども中心に見るのと、大人中心に見るのとで、
全く捉え方が変わってくる。


そして今日も、俺はタラオエピソードを心待ちにしている。
カツオと花沢さんの密会にドキドキする。
そして次週予告でじゃんけんの前に
「タラオがメインってことは・・・・・・雪室俊一か!」と一人ごちる。

もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。

人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。
 
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。
 
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。
 
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。
 
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです

インターネットに接続するには、

22時59分まで待たなければいけなくって、

モデムはピーガーとうるさくって、

Web上には企業や大学のサイトばっかりで、

子供やペットの写真を見つけることは難しかった。

エロサイトはあった。


インターネットの敷居は高く、

アクセスしていたのは大学関係者と研究者、コンピュータオタク。

頭の良い変な人たちが溢れていた。


その頃のWebはオタクたちの所有物だった。

ルールが曖昧で全てがモラルによって世界が成り立っていた。


そこにはダイアローグがあった。

A_promptがあった。

“”FUNNY”” GAMER’S HEAVENがあった。

ウガニクのホームページがあった。

海牛セバスチャンがあった。

coyoteがあった。

ペヤンゲがあった。


当時のテキストサイトは怖かった。

僕はネットは怖い場所だと感じていた。


無題-Notitle-も

コスモクルーズも

ユリカゴカラハカバマデも

怖かった。


そこにはアングラと呼ばれる地下水道で繋がれた、

あやしいわーるどが広がっているように思えた。

街の灯も届かないカルトブックマーク集。

絶望の世界だった。


GetRight→ReGet↓Iria←Irvine↑

だった。


ドクロで埋め尽くされた黒背景のサイトの中に

一風変わったサイト群を見つけた。

それらのサイトはデザインが美しく、背景が白く、

やたら文字が小さかった。トーキョー23ピクセルだった。

掲示板はプラッチックだった。


HEXAGONがあった。

クリアーラバーソウルがあった。

アシッドオーバードライヴがあった。

失言レストランがあった。

ペーパーハーツがあった。

ビーベリックがあった。

恋愛勇者があった。

オトウトイモウトがあった。

おとなランチがあった。

ニュートリノがあった。

ねこジャイロがあった。

イヌの手が大好きだった。

Young Odeonにはつ恋をした。


その日

『はじめに閲覧されるべきもの』は、

テキストサイトになった。


そっと、静かに。

猫を起こさないように。

ほそぼそと一文字。


母さん。


僕は、

ろじっくぱらだいすが好きだった。

かまくら。が好きだった。

アジア系が好きだった。

我思う故にラーメンが好きだった。

スヰスが好きだった。

どれも一流ホームページだった。


そのころサイト運営を止めていた

Neuromaのキリコさんという方が

ReadMe登録を薦めてくださった。

ホソキンが批評してくれた。


POPOIが好きだった。

ベリーペコリーが好きだった。

ドライヤーピストルが好きだった

カンパニュラが好きだった。

プリケッツ団が好きだった。

抹風が好きだった。

エレメンタルノートが好きだった。

Gack’n’Rollが好きだった。

海神家の一族が好きだった。

hirax.netが一番好きだった。


それが世界の全てだった。


いつの間にかインターネットの敷居は下がっていた。

女性ユーザが圧倒的に増えた変わりに

怒って喧嘩をする人たちが目立ち始めた。

Webには子供やペットの写真が溢れた。

依然としてエロサイトはあった。


ICQはMSN Messengerになった。


斬鉄剣から侍魂へと世界は次々に変遷していった。

アングラと呼ばれていた空間やオタクの楽園は

全部2chに吸い取られた。


ナフが好きだった。

マフィアが好きだった。

桃色核実験が好きだった。。

セクサロイドは眠らないが好きだった。

ニガシオが好きだった。

エスロピが好きだった。

ドリフトウッドが好きだった。

ティンポクローが好きだった。

人間道場が好きだった。

プチ日記が好きだった。

Webやぎの目が好きだった。

ゴブリンと僕が好きだった。

謝るよが好きだった。

死にたいが好きだった。

if→itselfが好きだった。

テレビの土踏まずが好きだった。


gooから、googleへ。

相互リンクから、トラックバックへ。

ニッキ系から、ブロガーへ。

九十九式。百式


エロサイトはエロ動画になり、ニコニコ動画が現れた。

はてなアンテナから、はてなブックマークへ。

マイミクから、フォローへ。

セカンドライフは、無かったことになった。


過去は過ぎ去り、

未来は未だ来たらず


あの夏に飲んだはちみつレモンは

格別に甘くて、酸っぱかったけど、

今飲むプレミアムモルツだって、

とにかく苦くて、サイコーだ。

全部知らない。 でも全部面白そう。今この業界で働いてる楽しさとかをもう一度思い出させてくれるような エキスがたくさん詰まってる気がする。

演技性人格障害(えんぎせいじんかくしょうがい)は、日常生活の中において役者の演技のような行動をし、その結果自分が注目の的とならなければ大きなストレスを受けるため、自己破壊的な行動や、或いは自己破壊的なまでに挑発的な性行動を取ったりする精神疾患である。

若干心当たりのある人が周りに数人いる。。

演技性人格障害 - Wikipedia (via kogumarecord) (via brccolsy) (via saitamanodoruji) (via ichimonji) (via yaruo)
2009-08-31 (via gkojay) (via tra249) (via motomocomo) (via h-yamaguchi)
swwwitch:

「twitter」でタモリの仕事論が話題に! – ロケットニュース24(β)


憂鬱じゃなければ仕事じゃない

昔、女子高生に、「ダウンロードしたらコピーしてみんなに広まるってのが昭和の発想だよね。それ、クラスみんなが同じ曲に興味持ってる前提じゃないと成立しないじゃん。今、みんな自分の好きな曲しか聞いてないもん。」とバッサリ

なるほどね。

Twitter / t_c_bomber (via twinleaves, diphda) (via chikuri) (via s-hsmt) (via kuenishi) (via skamio) (via kiri2) (via clione)

これは事実で確認したいところ。

(via h-yamaguchi)

今日、オノ・ヨーコを知らない人がいたので「ビートルズを解散させたサークルクラッシャーだよ」と言ったら一発で理解してもらえた
フェアだったのはキャスターや解説だけではない。選手たちも素晴らしかった。試合後のインタビュー映像で、悔し泣きをしていたアメリカのゴールキーパー、ソロ選手。その彼女に無情にもインタビューを試みるレポーター。それだけでも酷だ。彼女はアテネ,北京で2大会連続金メダリストである。プライドがずたずたにされたことだろう。試合内容はアメリカが勝っていた。PKで負けた責任を問われるような質問だ。「正直私は、他の誰よりも優勝したいと強く思っていた。でも日本が優勝してうれしい。どのチームより素晴らしい試合をした日本を称えたい。どのチームより優勝にふさわしかった。誰よりも日本を祝福したい」と声を絞り出したのだ。その姿にも感動した。

>「正直私は、他の誰よりも優勝したいと強く思っていた。でも日本が優勝してうれしい。

>どのチームより素晴らしい試合をした日本を称えたい。どのチームより優勝にふさわしかった。

>誰よりも日本を祝福したい」と声を絞り出したのだ。その姿にも感動した。

素晴らしいコメント。胸が熱くなった。

なでしこ快挙の陰に隠れた アメリカの負けっぷりの良さと フェアネスの精神 ~日本称賛を続けた米メディア|田村耕太郎の「坂の上に雲はない!」|ダイヤモンド・オンライン (via kogure)

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リブログしてぇん!!!!